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東京地方裁判所 平成4年(ワ)12502号 判決

原告

松﨑弘

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

被告

社団法人神田法人会

右代表者理事

藤井康男

被告

中井四郎

右両名訴訟代理人弁護士

海部安昌

海部幸造

主文

一  原告が被告社団法人神田法人会に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告社団法人神田法人会は原告に対し、平成四年六月以降本判決確定に至るまで毎月一六日限り二三万三〇〇〇円を支払え。

三  被告神(ママ)田法人会は原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成四年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の請求のうち、本判決確定時以降の毎月の金員支払を求める部分を却下する。

五  原告の被告中井四郎に対する請求及び被告社団法人神田法人会に対するその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

七  この判決は第二及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは連帯して、原告に対し、二八三四万七八〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成四年八月二八日)から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  主文一項と同じ

三  被告神(ママ)田法人会(以下「被告神田法人会」という。)は原告に対し、平成四年六月以降毎月一六日限り三一万九五〇〇円、毎年六月末日限り五四万三〇〇〇円及び毎年一二月一〇日限り八九万四〇〇〇円を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告神田法人会は、「健全な納税者団体として、全法人に誠実な記帳と適正な申告の普及徹底を計るとともに、租税に関する調査研究を行い、もって公平な税制と円満な税務行政の確立に寄与し、あわせて企業経営の健全な発展を図ること」を目的とし、「税務、経理及び経営に関し、指導、啓発ならびに宣伝を行うこと」等の事業を行う社団法人である。被告神田法人会は、労働基準法に基づく就業規則の作成を義務づけられていない事業所(常時九人以下の労働者しか勤務していない事業所)である。

(二) 被告中井四郎(以下「被告中井」という。)は、昭和五二年四月に満六五歳で被告神田法人会に勤務するようになり、昭和五三年一一月一六日専務理事兼事務局長に就任し、現在まで専務理事の地位にある。

(三) 原告は、昭和四九年二月二五日に被告神田法人会に雇用され、同年一〇月事務局長に就任したが、昭和五二年一二月二六日事務局長を解任され、以後平職員として勤務していた。

2  被告神田法人会は、平成四年三月三〇日、原告に対し、「事務局職員就業規則」(以下「就業規則」という。)を理由に原告が満五五歳に達する同年六月二七日の翌日をもって定年により自然退職となるとの通知を行った。

3  被告神田法人会では、給料の支払方法は、毎月一〇日締め同月一六日払いであり、平成四年六月時点での原告の基本給は二三万三〇〇〇円である。夏季賞与は毎年六月末日限り、冬季賞与は毎年一二月一〇日限り支給され、原告は、平成四年の夏季賞与として三〇万円、平成三年の冬季賞与として四二万円を支給された。

4  昭和五三年一月以降、平成四年五月三〇日までの間の原告及び篠原正義(比較対象者、以下「篠原」という。)に支給された各給与(基本給、物価手当、夏季賞与、冬季賞与)額は、別表〈略〉のとおりである。篠原は、昭和四九年一一月に被告神田法人会に雇用され、平成二年八月二八日に事務局長に就任した。なお、篠原は同年九月一二日に満五五歳になった。

5  被告神田法人会は原告に対し、平成四年一一月一七日付けの準備書面において、仮に定年退職の主張が認められないときには、就業規則二六条三項(操行または勤務成績はなはだ不良で就業に適しない)に基づき原告を通常解雇する旨の意思表示をし、同意思表示は同日原告に到達した。

6  被告神田法人会は原告に対し、平成八年二月一五日付けの準備書面において、仮に右5の解雇が認められないときには、就業規則三四条四項、三三条(制裁)二項(本規定にしばしば違反するとき)、三項(素行不良にして事務局内の風紀、秩序を乱したとき)、一二項(前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき)に基づき原告を懲戒解雇する旨の意思表示をし、同意思表示は同日原告に到達した。

7  被告神田法人会は原告に対し、同日付けの準備書面において、仮に右6の解雇が認められないときには、前記就業規則二六条三項に基づき三〇日の予告期間をおいて原告を通常解雇する旨の意思表示をし、同意思表示は同日原告に到達した。

二  争点

1  被告神田法人会に定年退職制度が存在するか

2  予備的各解雇は有効か

3  賃金差別等による不法行為は成立するか

三  原告の主張

1  争点1(被告神田法人会に定年退職制度が存在するか)について

(一) 被告神田法人会では、これまで就業規則が作成されたことはない。

(二) 仮に、被告神田法人会において、いつの時点かに五五歳定年制度を定める就業規則が作成されたと仮定しても、就業規則が労働者を法的に拘束する法的効力を有するためには、労働者の過半数を代表する者の意見を聴き、かつ、作成した就業規則を見やすい場所に掲示しまたは備え付ける等の方法によって労働者に周知させなければならないが、被告神田法人会は、これらを全く行っていないから、五五歳定年制を定める就業規則が原告と被告神田法人会間の労働契約の内容となることはなく、原告と被告神田法人会の労働契約が、右五五歳定年制を定める就業規則により終了することはありえない。

(三) 原告は被告神田法人会との労働契約に基づき、毎月一六日限り不合理な差別取扱のない賃金請求権を有する。同賃金は少なくとも篠原の基本給と同額というべきところ、篠原の基本給は三一万九五〇〇円を下回ることはないから、原告は被告神田法人会に対し、毎月一六日限り三一万九五〇〇円の賃金請求権を有する。さらに、原告は、被告神田法人会との労働契約に基づき、毎年六月末日限り夏季賞与(基本給の一・七カ月分)五四万三〇〇〇円(一〇〇〇円未満切り捨て)及び一二月一〇日限り冬季賞与(基本給の二・八カ月分)八九万四〇〇〇円(一〇〇〇円未満切り捨て)の各賞与請求権を有する。

2  争点2(予備的各解雇は有効か)について

(一) 被告ら主張のいずれの解雇の意思表示についても、被告神田法人会理事会において使用者としての意思決定は存せず、かつ会長藤井康男は被告ら代理人らに原告の解雇を委任していないから、右各解雇の意思表示は無権代理であり無効である。

(二) 被告神田法人会には就業規則は存在しないから、これを根拠とするいずれの解雇も無効である。

(三) 被告神田法人会主張の解雇事由は、否認ないし争う。

(四) 被告神田法人会は、なんらの合理的理由もなく原告を事務局長から解任し、以後長年にわたり極端に差別取扱いをし原告を任意退職に追い込んだが、原告がこれに堪え忍んで任意退職しないとみるや、存在もしない五五歳定年制を定めた就業規則を理由に原告を排除した経過に照らせば、右予備的各解雇の意思表示は、原告を排除する口実に過ぎず、解雇することにつき合理的な理由がなく相当なものとして是認できない場合というべく、解雇権の濫用として無効である。

3  争点3(賃金差別等による不法行為は成立するか)について

(一) 被告中井は、昭和五二年以降、自らの保身のため、原告をなんの合理的理由もなく邪魔者扱いし、原告を無能力よばわりしたばかりか、毎年の昇給、賞与につき不合理な差別取扱いをし、原告が任意退職するよう仕向けてきた。

(二) 事業者もしくは使用者は、労基法三条もしくは民法九〇条に基づき、その指揮監督下にある労働者の人格的尊厳を侵し、その労働力の提供に重大な支障をきたす事由が発生することを防止し、またはこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働きやすい環境を保つべき注意義務を負っているものというべきところ、合理的理由のない労働条件の差別的取扱いは、右注意義務違反として不法行為責任を負うものである。

(三) 被告中井は、事務局長に就任以降、事務局長もしくは専務理事として事務局の最高責任者として原告の使用者たる地位にあるが、故意または過失により原告に対し前記賃金差別を長年継続してきたものであり、これは全く合理的な理由なく、これにより原告が被った財産的・非財産的損害につき、民法七〇九条に基づき損害賠償の責任がある。

また、被告神田法人会は、右被告中井の使用者もしくは理事としての不法行為につき、民法七一五条一項もしくは同法四四条一項に基づき損害賠償の責任がある。

(四) 原告は、少なくとも篠原と同等の取扱いを受けるべきであり、同人の基本給昇給額・支給賞与額と原告との差額が、少なくとも原告の被った損害というべきである。原告と篠原との間の昭和五三年一月以降平成四年五月三〇日までの間の賃金(基本給及び物価手当)並びに賞与の差額は別表のとおりであるから、原告は、被告らの不合理な差別的取扱いにより、少なくとも二三三四万七八〇〇円の財産的損害を被った。

(五) また、原告は被告らの不合理な差別的取扱いにより一四年五カ月間に及びはかりしれない非財産的損害を被り、かつ、違法な定年退職を口実とする追い出しにより賃金収入の道を断たれ、はかりしれない非財産的損害を被ったが、右非財産的損害は、少なくとも五〇〇万円と金銭評価されるべきである。

三(ママ) 被告らの主張

1  争点1(被告神田法人会に定年退職制度が存在するか)について

(一) 被告神田法人会の就業規則は、昭和五一年夏に制定、以後実施されている。

(二) 労基法九〇条一項の労働者の意見聴取義務は、就業規則の作成、届出義務を前提としたものであって、就業規則の作成、届出を義務づけられていない被告神田法人会においては右意見聴取義務は課せられていない。被告神田法人会の就業規則は、制定後、事務局長の書架に備え付けて周知を図っており、制定の過程に瑕疵はない。

2  争点2(予備的各解雇は有効か)について

(一) 被告神田法人会においては、職員の任免は会長の権限であり(定款二二条二項)、理事会での意思決定を要しない。本件各解雇の意思表示は、被告神田法人会会長の委任に基づくものである。

(二) 万一就業規則の成立が否定された場合にも、民法及び労基法に従って、普通解雇を主張する。

(三) 原告の勤務状況は極めて悪く、文書の起案、議事録作成、会場における司会等の能力に欠け、特に勤務態度、積極性、企画性、協調性等においては問題が大きかった。

(1) 原告は、事務局長時代、清水政孝専務理事(昭和五〇年七月ないし昭和五一年七月)、蜂谷政夫専務理事(昭和五一年九月ないし昭和五二年六月)と協力して仕事をしようとせず、専務理事の机との間にわざわざロッカーを入れて壁にしたり、さまざまな嫌がらせや反発を示し、右両名は短期間で退職せざるを得なかった。また、原告に注意を与えた成田源一郎副会長に対して逆に喰ってかかるなどさえした。こうした協調性の欠如は事務局長を退任した後も全く変わらず顕著なものがあった。

(2) 原告は膨大な遅刻(給与規定一八条により賃金カットされない一五分未満の遅刻)が続き、しかも広瀬総務委員長が毎朝事務局に顔を出しても一向に直そうとしなかった。

(3) その勤務ぶりはアルバイト的で積極性に欠けた。こうした点を上司より注意されても一向に改善されなかった。地区担当者としての活動でも地区の協議会開催通知を副会長あて発送することを怠り、始末書を提出しているし、また、時には朝出社してタイムカードを押した後、外回りに出ると報告して外出すると全く仕事先に寄らずに帰宅してしまった。

(4) さらに、本件訴訟の証拠調べにおいて、原告が自己のタイムカードを多数回にわたり改竄していたことが明らかになった。すなわち原告は実際は遅刻しているにもかかわらず、タイムカードの数字を削り落とし、書き直してあたかも遅刻をしていないかのように改竄していた。こうしたタイムカードの改竄は、自己の勤務状態を使用者に対して偽るものであり、使用者と労働者の間の基本的信頼関係を根本的に破壊する行為というほかはない。

右に述べたような勤務状況は、就業規則二六条三項に該当することは明らかであるし、また右規定をまたなくとも十二分に解雇についての客観的合理的理由となることは明らかである。また、就業規則三三条二項、三項、一二項に該当することは明らかであり、かつその情状は極めて悪質というべきであるから、三四条四項により懲戒解雇に相当する。

3  争点3(賃金差別等による不法行為は成立するか)について

(一) 原告主張の使用者の法的注意義務は争う。

(二) 原告と篠原との基本給等の差は、両名の能力、勤務成績の差によるものである。争点2で主張した原告の勤務成績が賃金、賞与の額に反映されるのは当然であり、原告の主張する篠原との格差は何ら不合理なものではない。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告神田法人会に定年退職制度が存在するか)について

1  (証拠・人証略)によれば、被告神田法人会では、昭和五〇年二月二一日開催の総務委員会に就業規則、職員給与規定、職員旅費規定の各案が提出されたが、可決されず、次期委員会までに検討することとなったこと、昭和五一年の夏ころ、篠原は原告や当時の総務委員長であった市村道徳の指示を受け、就業規則等の原稿を手書きで清書し、清書した就業規則(〈証拠略〉)を被告神田法人会の金庫に保管したこと、(証拠略)はその写しであることが認められる。

被告らは、右総務委員会後、同委員会の正副委員長が就業規則、事務局員給与規定、事務局員退職金規定の成案を作成し、その内の就業規則と退職金規定は会長の決裁を経て施行されるに至ったもので、(証拠略)が右制定された就業規則であると主張し、(証拠・人証略)には、右主張に沿う部分がある。

しかし、被告神田法人会の定款二三条には「委員会および事務局の運営に関する規定は、理事会の決議を経て会長が定める。」と規定されており(〈証拠略〉)、被告ら主張の就業規則制定方法は理事会の決議を経ておらず、右規定に反し、また、右総務委員会の「次期委員会までに検討する。」との決定にも反すること、会長が決裁したことを裏付ける客観的証拠がないこと、(証拠略)には昭和四九年八月一日に制定あるいは実施された旨、被告ら主張の制定・施行時期と異なる記載がされていること、被告神田法人会は、被告らが就業規則が制定されたと主張する後も、現在まで、被告中井、篠原ら数名の五五歳を超える職員を雇用してきたこと(当事者間に争いがない)、(証拠略)は被告神田法人会の金庫に保管され、(証拠略)は被告中井がもっぱら使用し、勝手に書き込みをしていて、被告中井の私有物と認められ、就業規則として職員等に開示されていなかったこと(〈証拠・人証略〉)からすれば、右(証拠・人証略)の記載部分は信用できず、他に、就業規則の成立を認めるに足りる証拠はない。よって、被告神田法人会では、昭和五〇年ころに就業規則案が検討されたが、そのまま成立することなく今日に至ったものであり、(証拠略)は、右検討時の原案にすぎないと解するのが相当である。

なお、被告らは、定年年齢を超えて雇用した職員はいずれも事務局長であり、被告神田法人会では、事務局長以上の役職者については定年制を除外する運用がなされていたと主張し、被告中井及び(人証略)もその旨供述するが、被告神田法人会の定款(〈証拠略〉)によれば、事務局長も職員であることが認められるところ、特別の規定がない限り、就業規則で規定された定年制は、役職者であるか否かにかかわらず職員全員に公平に適用されるものであるから、事務局長といえども、定年年齢を超えた者が勤務してきた事実は、被告神田法人会に定年制が存在しないことを推認させるものである。

2  また、被告らは、就業規則の有効な成立を前提とする給与規定・嘱託規定が成立した時点で、就業規則は明示あるいは黙示に追認され、手続上の不十分性は治癒された旨主張するが、互いに関連する規定であっても、成立時期が前後することはありうることであり、給与規定等の成立により、当然、就業規則が成立したとみなすことはできず、また、本件ではそもそも就業規則が制定されたと認められないのであり、制定過程の手続き的瑕疵の事案ではないから、被告らの右主張は失当である。

3  以上のとおり、被告神田法人会において、定年退職制を定めた就業規則が存在する旨の被告らの主張は認められず、原告が定年により退職になった旨の被告らの主張は理由がない。

二  争点2(予備的各解雇が有効であるか)について

1  被告神田法人会の定款二二条二項によれば、職員の任免は会長の権限であるところ(〈証拠略〉)、被告ら代理人が会長に委任されて、本件各解雇の意思表示をなしたことは、弁論の全趣旨により明らかである。

2  前記一認定のとおり、神田法人会に就業規則は存在しないが、使用者が労働者を普通解雇するについては、就業規則の制定は必要ない。

(一) (証拠・人証略)によれば、〈1〉原告は、昭和五二年一月ないし二月、連日のように遅刻した。その後、同年八月から一二月までは、ほとんど遅刻していないが、昭和五五年六月から昭和六〇年五月までの間、変動はあるものの、月に二〇回以上も遅刻をしたことが七回、半年間(勤務日数一五〇日前後)に一〇〇日を超える遅刻をしたことが四回あり、この間の遅刻回数の合計は、六八〇回以上にものぼり、その後の昭和六〇年一一月及び一二月に合計三〇回遅刻し、平成四年六月にも七回の遅刻をしている。(右適示した以外の期間の出勤状況については証拠が提出されていない。)しかも、原告は、遅刻に対する反省の情が薄く、改善の意欲が低い。〈2〉原告は、昭和六三年に多数回にわたり、タイムカードの数字を削り落として書き直し、あたかも遅刻をしていないかのように改竄していた。〈3〉昭和六二年一二月には、地区協議会開催通知を副会長あてに発送することを怠り、始末書を提出した。〈4〉また、平成三年四月の人事異動により、原告の担当職務が地区支部渉外事務担当とされた後は、朝出社してタイムカードを押した後、外回りに出ると報告して外出し、そのまま帰宅したことが複数回ある。〈5〉原告は、蜂谷専務理事、被告中井、成田源一郎などの被告神田法人会の役員らの指示に素直に従わず、その勤務ぶりは積極性に欠けていた。ことが認められる。

右認定の遅刻の大部分は始業から一五分以内の遅刻ではあるけれども、その回数の多さ及び右認定事実を総合すれば、原告の勤務成績、勤務態度は非常に悪く、解雇事由になりうるというべきである。(原告は右〈2〉のタイムカードの改竄は当時の事務局長の指示によるものである旨供述するが、このような指示があったとはにわかに信用しがたいうえ、仮にそうだとしても、職員としては、遅刻しないように注意すべきなのであって、遅刻を是正することなく、タイムカードの改竄を反復する態度は悪質というべきである。)

(二) しかし、〈1〉被告神田法人会には、原告以外にも、原告と同様の回数遅刻を重ねている職員が一、二名いるが解雇されておらず、その内の一名は、事務局次長になっていること(〈証拠・人証略〉)、被告中井ら被告神田法人会の理事は、昭和六三年七月五日、原告に対し、後四年で定年になるからとして即時退職を迫り、原告がこれを断るや、翌年以降、原告の昇給を凍結するとともに賞与額を大幅に減額し(〈人証略〉)、前記のとおり、平成四年には制定されてもいない就業規則を根拠に原告に定年退職を通告したこと、被告神田法人会は原告以外の職員に対しては、事務局長であることを理由に定年年齢を無視して雇用し(前述)、あるいは平成二年になって嘱託規定を制定して、原告以外で満五五歳を迎えた職員は嘱託として採用(〈証拠・人証略〉)していることを総合すると、本件各解雇は信義則に反し、権利の濫用というべきである。従って、被告の主張する本件各解雇は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも無効である。

三  原告の地位及び賃金支払請求について

1  以上のとおり、原告は定年退職になっておらず、かつ、被告神田法人会の原告に対する解雇はいずれも無効であるから、原告は、満五五歳を経過した平成四年六月二八日以後も被告神田法人会の職員として労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである。

2  従って、被告神田法人会は原告に対し、同年六月以降の給料を支払うべきである。(本件では、原告の労働契約上の地位について争いがあるのは、同年六月二八日以降であるが、被告神田法人会は、同年六月二八日までの給料の支払について主張・立証していないので、原告の請求どおり六月以降の給料の支払いを認容する。)。ところで、原告は、右給料として篠原の基本給と同額の基本給が支払われるべきであると主張するが、被告神田法人会が原告の基本給について篠原と同額査定の意思表示をしない限り、原告は篠原と同額の賃金支払請求権を有せず、原告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。そして、原告の基本給が二三万三〇〇〇円であることは当事者間に争いがないから、被告神田法人会は原告に対し、平成四年六月以降、毎月一六日限り二三万三〇〇〇円を支払う義務がある。

3  原告は、夏季賞与及び冬季賞与の支払も請求するが、(証拠・人証略)によれば、被告神田法人会においては、各賞与の金額は毎年六月の査定で決定され、その額は夏季は基本給の一・七カ月分、冬季は基本給の二・八カ月分が基準とされているが、査定に応じて、右月数を下回ることも頻繁であり、また、前年度より支給額が減額されることもあることが認められ、右各賞与は、従業員の地位に基づいて当然に特定額の賞与請求権が発生するものではなく、被告神田法人会の査定をもって支給額が確定するというべきであるから、被告神田法人会の査定がされて具体的な支給金額が決定されない以上、各賞与支払請求権の発生は認められない。

4  また、原告は本判決確定時以後の賃金の支払も請求するが、右将来請求については、特段の事情が認められない限り予め請求する必要があるとは認められないところ、本件においては右特段の事情は認められないので、本判決確定時以後の分は、訴えの利益がないものとして、訴えを却下する。

三(ママ) 争点3(賃金差別等による不法行為は成立するか)について

1  人事考課も使用者のもつ裁量権を著しく逸脱するなどした場合は、不法行為が成立することもありうるところ、(証拠・人証略)によれば、原告に対する査定がかなり厳しく、その勤続年数に比して給料が相当低額に抑えられていることが認められ、前記のとおり、被告神田法人会は原告の排除を相当強く望み、制定されてもいない就業規則を根拠に原告に定年退職を通告するにまで及んでいることも合わせ考えると、被告神田法人会の原告に対する考課が公正であったかについては疑念も生じないわけではない。しかし、原告の勤務成績、勤務態度が前記認定のとおり非常に悪いこと、原告が比較対象者としている篠原は、勤務年数及び年齢こそ、原告とほぼ同じであるが、勤務成績・勤務態度は職員の中では最も良い方であり、遅刻も殆どしたことがなく(〈証拠・人証略〉)、平成二年には事務局長に就任しているのであって、勤務成績、勤務態度において原告との間に著しい格差が存することからすれば、被告神田法人会が、昇級、賞与等の査定にあたって、その裁量権を著しく逸脱しているとまで認めることはできない。よって、原告の主張は理由がない。

2  前記のとおり、被告神田法人会の原告に対する定年退職の主張は理由がなく、右主張によって、原告は就労する権利を侵害され、原告はこのために精神的苦痛を被ったと認められる。前記認定事実及び右不法行為により、原告が各賞与を受ける機会を奪われたことに対する苦痛も斟酌すれば、右精神的苦痛に対する慰藉料は、その金額を三〇〇万円とするのが相当である。但し、被告中井は、右定年退職通告当時一専務理事にすぎず、被告神田法人会の右通告について、被告中井個人の責任を認めるに足りる証拠はない。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石史子)

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